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[nikomat:16591] [-yota] DATSUN 312 (Re:contessa)








宮崎@今日は工場稼働日 です。



長文堂 さん:

> エンジンかけるときは車の後ろにある120スプールの穴
> みたいな形のところにクランクを入れて回すのが長文堂少
> 年の仕事だった。ある日、豊田のカローラになった。12
> 0穴は前に移った。

我が家にも120穴付き車ありました。

DATSUN 312 ブルーバード

テールランプの形状から、柿の種と呼ばれた初代ブルーバード
(310)のマイナーチェンジ版で、1200ccのやつ。
モノコックになる前のフレーム入りボディ・コラム3速・ベン
チシート。クーラー無縁で、扇風機がセンターピラー内側に付
いていた。車体外板が厚く、まさに鉄の塊。

昭和38年製で、わてより2つ年上でした。
家が貧乏だったんで中古でしたが、何と私が高校を卒業する昭
和58年頃まで健在でした。

親父に車の趣味はなく、単なる実用車として乗っていたんですが、
よく1年車検を10回近く通したなあ...

小学生時代でも既に珍しく、広い道路の信号待ちで他車と並ぶと
助手席の私もじろじろ見られて凄い恥ずかしかった(今考えると、
何でもないんですが)。

前のバンパーにあいた穴にクランクレバーを差し込んで、回そう
としたことはありますが、1200ccOHV4気筒のエンジンは、
ものすごく重くて子供ではびくともしませんでした。

冬場は、バッテリーが上がって掛からない事が多かったんですが、
自宅の前が緩い下り坂だったので、家族に押させて何時も押し掛
けでした。クランクを回してエンジン掛けたのを見た記憶は無い
なあ。

1.5t以上ある車体に55馬力、それも排ガス規制で触媒付けられち
ゃってパワーダウンしたエンジンで、よく引っ張っていました。

高速を120kmで走った記憶があります。
ただし、車内で会話が出来なかった。

シートベルト無縁のベンチシートとか、「高速有鉛」のステッカー
なんか今の若い人は知らないのかなあ。

あと、1〜2年廃車が遅ければ、私が乗っていたと思います。
ちょっと残念。
相模5ナンバーでした。


廃車時の程度は悪くなかったから(走行距離も少なかった)、再登録
されて今でもどっかで生きている可能性もあります。



             (株)リコー  秦野事業所 宮崎 昭彦
               E-mail:amiyazaki@nts.ricoh.co.jp