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[nikomat 9535] German Wine / Deutscher Wein
佐伯です。
ワインの話が盛んで、このMLは一体何だったのか、という
気がします。ついでに私も便乗し、ここで僭越ながら決定版ワ
イン講座です。
●甘口vs辛口
ドイツワインというのは日本(に限らず、英米などドイツワ
イン主要輸入国)では一般的に甘口のイメージがあります。し
かし、現在ドイツで生産されるワインの6割は辛口、中辛口と
なっています。そして全生産量の約3割が輸出されており、前
述の様にその大半は甘口ですから、ドイツ国内で消費されるド
イツワインの9割近くは辛口又は中辛口となっています。
また、ドイツというのは意外かも知れませんが、世界最大の
ワイン輸入国であります。中には甘口の赤ワイン等という、ド
イツの一部の消費者好みのものも有りますが、その多くは辛口
です。よってドイツで消費されるワインの殆どは辛口または、
中辛口です。
注)辛口、中辛口というのはEC(当時)のワイン法で定義さ
れている表示で、EU加盟国のワイン生産国は同じ規格で表示
が許される。あくまで任意表示です。また、生産地域、銘柄に
よっては原産地呼称統制法で最初から甘い、辛いが決まってい
るワインがあるので(例えばACボルドーと言えば辛口、AC
バルザックと言えば甘口)、全く表示の必用の無い物も有りま
す。
さて、以上が現状ですが、歴史的に見てみましょう。もちろ
んドイツのラインガウやモーゼル・ザール・ルーヴァーはフラ
ンスのソーテルヌ、オーストリアのルストなどと並んで貴腐ワ
インの代表的な産地です。よって昔から、最高級のドイツワイ
ンというのは甘口でした。
注)貴腐ワインが甘口なのはなぜでしょう。早い話、原料たる
ブドウの糖度が非常に高くなるので、浸透圧の関係で酵母が存
分に活動出来ない状態になっていて、アルコールが充分に造ら
れない、すなわち糖分が残ってしまう訳です。また、ある程度
発酵が順調に進んでも、今度はアルコール度数が高くなりすぎ
て、酵母が死んでしまいます。普通のワイン用の酵母で13か
ら15%が限度です。貴腐ワイン用の原料ブドウは元の糖度が
高く、そこまでアルコールに分解されてもまだまだ残糖として
ワインに残る、即ち甘くなります。
ワイン法では通常7%がワインとしての最低アルコール度数
と定めていますが、貴腐ワイン、アイスワインは例外で最低5
%で許されています。但し、実際にはこの5%さえ達するのに
大変という場合が多々有ります。一方、純粋培養酵母開発技術
(主にシャンパン製造のため)と醸造技術の進歩でそれ程糖度
の高くない貴腐ワイン用の原料ブドウであれば、かなりアルコ
ール度数の高い、そしてさほど甘くないワインに仕上げる事も
可能です。そしてまたそういったのも存在しますが、そうなる
と、一体何のための貴腐ワイン?、と言うことになります。
また貴腐ワインとまで行かなくても、非常に稀ですが、結構
甘口のワインが戦前造られることがありました。ドイツ、特に
モーゼル・ザール・ルーヴァーでは収穫が11月後半にまで及
ぶ事は稀ではありません。11月後半と言えばもうかなり寒い
季節です。温度の低い状態で収穫されたブドウは搾汁されても
活発に発酵しません。そして糖分を残したまま発酵が停止して
しまうことも時々ありました。ただし、春になり、気温が上昇
すると、また発酵を始めます。昔は今とは全く違うワインの造
り方がなされており、木樽で貯蔵数年後に販売というのも珍し
く有りませんでした。そして、昔は酸化防止剤(亜硫酸)の使
用量制限なんて有りませんでしたから、適当なところで亜硫酸
をぶちこんで、発酵を無理矢理止めることも可能でした。まあ、
そのようにして造られた、貴腐ワインでは無いけれど、甘口の
ワインというのも有りました。
その他のワインはどうだったのかと言うと、全部辛口だった
のです。酵母まで濾過することの可能なマイクロフィルターの
技術は1920年代に確立されましたが、一般に普及するのは
戦後、50年代に入ってからです。ということは、瓶詰したワ
インの中に少しでも残糖が有れば、濾過されずに残っている酵
母が気温などの条件が整うとまた活動を開始し、瓶内二次発酵
が始まってしまいます。そうなると内圧が高まり、コルク栓を
押し上げて、なかの液体も漏れてしまうという欠陥商品となっ
てしまいます。
と言うことで、貴腐ワインや極一部の例外甘口ワインを除い
て殆どのドイツワイン(99.99%でしょう)は常に辛口で
有ったのです。
さて、前述のように戦後マイクロフィルターが普及する事に
よって、甘口ワインを安心して瓶詰めできるようになりました。
ここで、なぜ甘口ワインにしなければならなかったかというの
には色々理由が考えられます。
・戦後、甘いものが受けた。
・高級ドイツワインは甘口だったので、その名声にあやかろう
・コーラに慣れた進駐軍好みの味わい
等々です。何はともあれ50年代後半から甘口造りが一気に
広がっていきます。遅いところでは60年代後半からようやく
造り出したという地域、醸造所も有ります。この傾向は85年
まで続きます。
と言うことで、ドイツワインがこれほどまで甘かったのはせ
いぜい2〜30年の間でしか無かったのです。ですからドイツ
ワインには辛口の伝統が無いなどというのは全くのナンセンス
です。
ただ、じゃあ、戦前や戦後直後の辛口のワインはどんな味か
と言われると困ります。貴腐ワインとかですと、1883年と
か1911、1921年物などを飲むチャンスはありますが、
辛口の一般的なワインというのは殆ど消費されてしまっていて
お目に掛かれませ。醸造所自体も持っていないのが現状です。
また前述の「貴腐まで行かないけど甘口ワイン」と言うのは、
それほど残糖が高くなかったこともあって、年月と共に味覚上
感じられる甘さというのは殆どありません。それに昔は今ほど
ラベルに細かく記載していませんでしたし、ラベルが貼って有
る古いワインにお目に掛かること自体が稀ですので、飲んてみ
ても、それがもともと辛口であるのか、元は甘口であるけど、
感じないだけなのか判断が下せません。
さて、話を元に戻しますと、85年に俗に言われる「グリコ
ール事件、グリコールスキャンダル」が発生します。簡単に言
えばオーストリアの一部の業者が甘味感を増すために、ワイン
にグリコールを混入。さらにドイツの業者がそのワインを購入
して、ドイツ産のワインとブレンドし、ドイツワインとして販
売したという事件です。
これで消費者の甘口ワイン離れが発生。さらに背景をもう少
し説明します。ドイツ人はもともと食事(ワインを含めて)に
対して殆ど関心の無い人種です。日本では衣食住と言いますが
ドイツではさしづめ住車衣でしょうか。戦後、なんとか立派な
家も建てられ、大きな車も買えたし、衣類も満足いくようにな
り、70年代の高度成長期を迎えました。そこで次ぎに関心が
いったのは食事でした。
例えばレストランガイドで有名なミシュランの赤ガイドがあ
ります。手元には78年版から全部そろっていて、それ以前も
歯抜けですが有ります。それを見ると、ドイツに星付レストラ
ンが出現したのは60年代後半の様です。
それで、食事関係のジャーナリズムがこのころからドイツで
も発生します。80年代はじめには、ワイン・ジャーナリスト
というのも職業として認知され始めます。
そんなところにおこったのがグリコール事件でした。
ドイツ人は一見郷土自慢が多く、威張っていますが、結構舶
来品(陸路でも来ますが)崇拝志向があり、特に食料品ではフ
ランス至上と見なす傾向がとても強くあります。
それで、フランスワインの多くは辛口=良い物は辛口という
ような図式がありました。このような背景で、事件後特にワイ
ンジャーナリズムが辛口至上主義を唱え始め、消費者もそれに
完全に乗せられてしまいました。
これ以降、突然ドイツワインの辛口化が進行します。ただし
ここで問題なのはその作り方です。
これまで甘口ワインでしたから、多少の欠点は甘さがカバー
してくれました。辛口を造るといって、残糖の無い甘口ワイン
という作り方をしたのでは、その多少の欠点がもろに見えてし
まいます。そんなこんなで当初はとんでもない辛口ワインが横
行し、そんなのを飲んだ、それまでのドイツワイン好き、また
は他国のワインの心棒者には、とんでもないワインと思えたで
しょう。もちろん、一部ではその当時からかなり良い辛口を造
りだしていた醸造所も有ります。
まあ、その後生産者も(全部でありませんが)色々学んで、
モーゼル・ザール・ルーヴァーなどからでも結構質の高い辛口
ワインが造られるようになってきています。
但し、特にリースリング種に限って言えば、辛口にする必用
があるかどうか、というテーゼが有ります。
私は個人的に(即ち自腹を切って)辛口の白ワインを飲む事
は稀です。なぜならシャンパン大好き人間なので(シャンパン
の騎士の称号も貰いました。いまでは昇格して将校です。)、
辛口の白ワインを飲むならシャンパンを飲んでしまうのです。
もちろん、コルトン・シャルマーニュなんかの良いのがあると
喜んで飲みますが。
モーゼル・ザール・ルーヴァーやラインガウやナーエの一部
の醸造者が造る甘口のリースリングのワインと言うのは、これ
はもう世界中探してもどこにもないユニークな素晴らしい味わ
いを持っています。しかし、辛口にしてしまうと、そこまでそ
の良さは出ません。もともと酸味が高い品種ですし。
ある貴腐ワインにおいては世界最高の生産者が言った言葉が
印象的です。「リースリングの辛口ワインも良くできているも
のは美味しいと思うけれど、それを甘口にしていればもっと美
味しいかったのに。」
また、ドイツにはリースリングだけではなく、各種の品種が
栽培されています。特に辛口ではバーデン地域、それも丁度ラ
イン川を挟んでアルザスの対岸の地域には数件、とても優秀な
生産者が集まっています。
このバーデン地域はEUのワイン法でBゾーン、即ちフラン
スのアルザス、シャンパンなどと同じ地域(気象条件が近い)
として扱われています。よって辛口でも厚みがあって、しっか
りとし、それに加えてドイツワインの良さである綺麗な酸味の
ある優秀な物があります。
逆に昔から有名だったラインガウは没落してしまいました。
何十ヘクタールも所有する、大きな(ドイツに於いては)醸造
所が多かったのですが、それが災いしました。セラーの責任者
と畑の責任者との連絡が上手くいかない、従業員がサラリーマ
ン化して、5時になったら帰ってしまう的な状態では良い物が
出来るはずがありません。まあ、例外的に何軒かは素晴らしい
ワインを造ってはいますが。70年代にまで見られたような全
体のレベルの高さは昔話です。
現在のドイツワイン生産者の様子を一番良く表しているのは
私の評価、じゃなかったゴー・ミヨー(ミシュランと並ぶレス
トランガイドで有名な)のドイツワインガイドでしょう。20
点満点でワインと醸造所を評価しています。もちろん、一部の
評価にはいろいろ問題が有りますが、全体の様子を把握するの
には打ってつけの本です。94年版が最初で、毎年新版が発行
されています。11月下旬には2000年版のプレス発表会が
有りますので、また報告します。
BYE!